失敗しないテーブルクロス引きの研究:物理学的コツと理論と実際のズレ

サイエンストレーナーの桑子研です。毎日が実験。

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物理の授業で行うと大盛り上がりの「テーブルクロス引き」。サッと引いたクロスの上の食器が、まるで魔法のようにその場に留まる様子は圧巻です。「失敗したら大惨事…」とハラハラするこの技、実は手先の器用さや運動神経だけで決まるものではありません。成功の裏には、れっきとした物理学の法則が働いているのです。

なぜ食器は倒れないのか?どうすれば成功するのか? 理科の視点から、テーブルクロス引きのコツを物理学的に解き明かしていきましょう。普段から摩擦や慣性について研究していますが、テーブルクロス引きは物理がギュッと詰まったとっても面白い題材です。

成功の鍵は「慣性」と「摩擦」

テーブルクロス引きを成功させるためには、2つの科学的な現象を理解することが重要です。

・食器がその場に止まり続けようとする性質(慣性の法則)

・クロスが食器を横に引っ張る力(動摩擦力)

慣性と摩擦力、この2つの戦いによって、物体の動き方が決まり、テーブルクロスひきの成功か失敗かが決まります。

まず、1つ目の「慣性」。これは、中学校の理科で習う「運動の第1法則」のことです。「止まっている物体は、外から力を加えられない限り、ずっと止まり続けようとする」という性質です。 急発進した電車の中で、体が後ろに持っていかれる感覚、あれがまさに慣性です。テーブルの上の食器も同じで、「ここに止まっていたい!」と頑張っているのです。

次に、2つ目の「動摩擦力」。クロスを引くと、クロスと食器の底がこすれ合います。この時、クロスが食器を「一緒に動こうよ」と引っ張る力が生まれます。これが摩擦力です。つまり、テーブルクロス引きとは、「止まっていたい食器の気持ち(慣性)」と、「クロスが引っ張る力(摩擦力)」のせめぎ合いで成功が決まるのです。

動摩擦力をもう少し細かく見て見ましょう。動摩擦力は動摩擦係数と垂直抗力の積で表されます。動摩擦力係数はクロスとお皿の素材で変わるもので、クロスだけで言えば、滑りにくさを示します。動摩擦係数が小さいほど、ツルツルしていて、お皿はその場に止まりやすくなります。

実際にテーブルクロスひきを行ってみました。こちらの動画をご覧ください。質量を変えて実験をしました。

ちなみに慣性の法則は日常生活でも感じることができます。例えばバスや電車の中で立って吊り輪を持っている時、バスが急発進すると、体が元いた場所に止まろうとするので、体が傾きますよね。これは静止したものは生死を続けるという慣性のためです。また動いているバスが急ブレーキをかけた時、体は今までは運動をしていたので、その方向に飛び出ますよね。これは運動していたものは同じ運動を続けるという慣性の一つです。

だるま落としも面白い遊びですね。あれも慣性の面白さを感じるおもちゃですが、下のパーツをハンマーで叩くと、上のパーツは静止をしていますから、静止を続けようとしてそのまま下に落ちてきます。まただるま落としは実は質量の大きなものの方が成功しやすいです。これは慣性が大きくなるためですね。

こちらにだるま落としのコツを書いたのでご覧ください。

理科教師が教える「だるま落とし」必勝法!鍵はニュートン力学にあり

また摩擦ですが、どんなすべすべしたものにも働きます。ミクロに見れば、その表面は凸凹しており、その凹凸同士がかみ合わさって摩擦が生じます(他の原因もあります)。

なぜ「スピード」が命なのか?物理学が明かす秘密

実は、クロスが動いている時に食器に働く摩擦力(動摩擦力)は、どんなに速く引いても、ゆっくり引いても、力の大きさ自体はほとんど変わりません。

「えっ、速く引いた方が摩擦が大きそうだけど?」と思いますよね。でも、物理学的には、動摩擦力は「物体の重さ」と「接触面の滑りにくさ(動摩擦係数)」で決まり、接触面の大きさにも、速さには依存しないのです。

では、なぜ速く引く必要があるのでしょうか?それは、摩擦力が働いている「時間」が重要だからです。

食器がどれくらい動いてしまうかは、「加えられた力」と「力が働いている時間」によって決まります。 ゆっくり引くと、弱い力であっても、長い時間食器を引っ張り続けることになります。その結果、食器はだんだん加速して動き出し、最後には倒れてしまいます。

逆に、一瞬でサッと引けば、食器がクロスから引っ張られる時間はごくわずかです。 摩擦力が働く時間を極限まで短くすることで、食器が動き出す暇を与えず、まるでその場に止まっているように見せることができるのです。これが、「スピードが命」と言われる科学的な理由です。

実践!物理法則を味方につけるコツと準備

理論が分かったところで、具体的な成功のコツと準備を見ていきましょう。すべては「慣性を助け、摩擦の影響を減らす」ための工夫です。

物理学的なコツ

クロスのセッティングを工夫する

準備の段階で勝負は半分決まっています。クロスを完璧にセッティングする テーブルにピッタリと敷き(両端から引っ張るなどして)、空気を抜いて、シワが全くない状態にします。アイロンをかけておくのも効果的です。

とにかく「圧倒的なスピード」で引く

これが最も重要です。ためらってはいけません。前述の通り、摩擦力が働く時間を少しでも短くするため、一気に引き抜きます。

引く方向は「斜め下」(45度くらい)

クロスを上に持ち上げるように引くと、食器が浮き上がってバランスを崩したり、摩擦が増えたりして失敗の原因になります。 また、重要なのはできるかぎり引っ張る最中に「シワを作らないこと」。シワができると、それが食器に引っかかり、「小さな壁」となって食器を押し出してしまいます。 テーブルとクロスの間に余計な空気が入らないよう、真横か、少し斜め下に向かって引き抜くのがポイントです。

またクロスを引く際は、両手で持つ位置が重要です。真ん中だけを持って引くと、両端が遅れてシワができやすくなります。食器が載っている範囲の両端をしっかり持ち、クロス全体が平行に動くように引きましょう。

クロス選び

シルクの布のような、ツルツルした滑らかな素材を選びましょう。これは動摩擦係数を小さくし、食器を引っ張る摩擦力そのものを減らす効果があります。縁の刺繍や縫い目などの引っ掛かりもないものの方が良いです。

食器

意外かもしれませんが、軽いプラスチックのお皿などは、慣性が弱いため摩擦以外のちょっとしたシワや布の小さな凸凹などで簡単に動いてしまいます。重いお皿の方が慣性が強く働き、成功しやすいのです(ただし重すぎると摩擦も増えるのでクロスを引く速度が遅くなってしまいます。バランスが大切です)。また、重心が低く、底面が広いお皿の方が安定します。重心は低くしたいです。コップを使うなら、重心を下げるためにも水を半分以下に入れましょう。こうすることによって、質量が出たと同時に、重心はあまり高くなりません。

水を入れすぎると慣性は大きくなりますが、重心がその分高くなり、小さな傾きが起きても倒れやすくなってしまいます。これが失敗の原因です。

詳しくはこちらの記事も併せてご覧ください。

なぜ人はお辞儀を深くしても倒れない?日常に隠された「重心」の秘密

そう考えると、最適なのは水を半分くらい入れた場合となります。

食器の配置

どんなに上手く引いても、食器に摩擦が働くことは避けられません。最初からテーブルの端ギリギリに置くのではなく、できるだけ机の奥側に置くことで、落下のリスクを減らせます。また複数の食器でチャレンジする場合には、食器を左右対象に置くこともポイントです。左右のバランスが崩れてしまうと引き抜く際にしわができやすくなります。

あれ?質量は関係ない?

ここで気になることが一つ。テーブルクロス引きは、質量の重いもの(重い皿や食器)の方が成功しやすい、またはより動かずに済む傾向があります。これは、主要な物理法則である慣性の法則と摩擦力の観点から説明できます。

クロスを引く際に皿に作用する力は摩擦力Fです。摩擦力は皿の重さ(垂直抗力N=Mg)に比例します。一見すると、質量 m が増えると摩擦力Fも増えるため、皿は動きやすくなるように思えます。しかし、皿が動く際の加速度 a に注目すると、以下のようになります(ニュートンの運動方程式)。

m: 質量
μ’: 摩擦係数(皿とクロスの材質で決まる)

ma=F
ma=μ’(mg)
a=μ’g

この式が示す重要な点は、皿が受ける加速度 a は質量 m に依存せず、摩擦係数 μ’と重力加速度 g だけで決まるということです。つまり、重い皿も軽い皿も、クロスが接触している限りは同じ加速度で動こうとします。あれ質量は関係ないの??

ではなぜ質量が大きいと有利なのか?

摩擦の計算上、物体の質量は関係ありません。ただし実際問題やってみると、テーブルクロスを引き抜く際には、多少の衝撃や振動・クロスのしわがどうしても発生します。このしわが大問題です。こちらの動画をご覧ください。

失敗するパターンを解析すると、とにかくしわが問題になっていることがわかります。もともとシワのできている中央に置いた時には失敗します。

また別の場合でもしわがぶつかることがあります。どうしてもしわができてしまうことは避けられません。

こちらがうまく行った時の様子です。しわがあまりできていないのがわかりますね。

この時、質量が大きいと、慣性が大きく、静止を保とうとする性質が大きくなります。そのため実験的には、質量が大きい方が慣性が強くなり、結果として動く距離が短くなる傾向が強いと考えられます。

結論として、質量の大きな物体は静止を保とうとする慣性が大きく、小さな振動や乱れに対して安定しているため、テーブルクロス引きの成功率が高くなるのです。

ただし、質量が大きいほど、動摩擦力は大きくなるため引き抜くための力(スピード)が小さくなってしまう可能性があり、そこが難しいところです。

テーブルクロス引きで食器はどの程度動くの?

実際に物理計算をしてみましょう。今回はしわの影響が全くなく、動摩擦直の影響のみで計算をしてみて、実際の現象と比較をしようと思います。理科室の机を使って実際に試してみました。

こちらがその実験動画です。テーブルクロスをひく前は奥から30cmの場所に置きました。テーブルクロスを引いたら、どこまで動くのか。実際に測ってみました。

結果、お皿は元の位置から8.4cm滑りました。お皿の質量は148gでした。

また動摩擦力はばねばかりで測定すると、0.48Nでした(ここから動摩擦係数を計算するとμ’=0.33)。

また机との動摩擦力は、測定すると0.50Nでした。

実際に、動摩擦力だけが働いた時に理論的にはどれくらい動くのかをざっと計算してみます(色々な仮定を含みます)。動画を解析したところ、テーブルクロスは机の端から端までを0.20秒で引き抜くことができました(ビデオ解析による)。

この時、テーブルクロスの速さが一定だと仮定すると、その速さは、v=x/t=0.85m/0.2s=4.25m/s(時速15.3km/h)となります。お皿を通ったクロスは30cmの部分なので、これを使うとお皿を通りすぎるまでの時間は、

t=x/v=0.30m / 4.25m/s = 0.070s

です。

この間のお皿の加速度を求めます。動摩擦力は一定なので、運動方程式より、

ma=F

0.148[kg]×a=0.48[N]

a = 3.2[m/s^2]

ではお皿が動く距離を計算すると、

x = 1/2at^2=1/2×3.2×0.07^2 = 0.0078m = 0.78cm

となります。

またこのお皿は今度は速度がついているので、クロスが抜けた後は、テーブルの上を滑って止まります。止まるまでの距離を計算しましょう。まずどのくらいの速度をクロスがなくなるまでに持つのかを計算します。

テーブルクロスを引くことでお皿が持つ速度は、

v=at=3.2[m/s^2]×0.070[s]=0.22[m/s]

また動摩擦は今度は机の摩擦力が必要になりますが、これはクロスとほとんど変わらずに0.50Nでした。よって、この時の加速度は

0.148[kg]*a=-0.50[N]

a=-3.4[m/s^2]

このことから止まるまでの距離はv^2-v_0^2=2axより

0[m/s]^2 – 0.22[m/s]^2 =2*(-3.4[m/s^2])*x

x=0.0071[m]=0.71[cm]

となります。結果として合計で、0.78+0.71=1.49cmとなりました。ただし実際に今回実験をして動いたのは8.4cmなので動きすぎです。これは動摩擦力以外の効果が大きそうです。つまり目には見えなくても、クロスの小さなシワや振動などが発生することによって、お皿は影響を受けるということが考えられます。

それならば、質量を大きくしてみよう!

理論と実際の差がわかりました。理論に近づけるためには、動摩擦力以外の効果が小さくなる必要があります。そこで質量を増やそうということになります。質量を増やしても動摩擦力は変化しないので、お皿の上にペットボトルを乗せてみました。

すると動く距離は断然変わりました。理論値に近い数字になりましたね。

8.4cm → 3.3cm

慣性が大きくなった結果ですね。こう考えると、やはり質量が大きければ大きいほど、つまり重ければ重いほどシワなどの影響を受けにくく、動きにくいため、理論値に合ってくるということが考えられます。かといって、重ければ重いほど、クロスを引き抜く時間が増えてしまうため、その分動摩擦力が働く時間も伸びてしまいます。そのバランスを探るのが最適解となりそうです。

いかがでしたでしょうか。 一見難しそうなテーブルクロス引きも、科学の法則を理解し、条件を整えれば成功率はぐっと上がります。 ぜひ、安全な場所で、割れても良い食器から練習してみてください。物理学を味方につけた見事な成功を祈っています!

だるま落としに関しても全く同じことが言えます。次はだるま落としに挑戦してみませんか?おもしろだるま落としについてはこちらをご覧ください。

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